台東区は、下町情緒溢れる浅草と芸術の薫り高き上野を有する、東京きっての観光地である。マンリー市は、青い空と白い雲、七色に輝く美しいビーチを持つリゾート都市である。どちらも世界中から人々が訪れるが、そこに生活する住民の素顔に接することはなかなか難しい。姉妹都市だからこそ住民同士の生きた交流ができるのである。
2002年6月5日夕、南十字星が輝く星空の下、台東区とマンリー市の姉妹都市提携20周年記念式典がマンリー市庁舎にて盛大に開催された。
台東区国際交流委員会を中心とする56名の訪問団がまず圧倒されたのは、マンリー市バグパイプバンドによる賑やかな歓迎であった。バグパイプはスコットランドの伝統的な楽器で、英国からの移住者を歴史に持つオーストラリアでは、スコットランド出身の人も多い。
在シドニー日本国総領事の加藤重信氏は式典の祝辞で「台東区とマンリー市は日本、オーストラリアそれぞれを象徴するような都市。このような都市同士が20年もの長い期間交流を続けているのは他にはあまり例がないのではないか。改めて両都市に敬意を表したい。」と述べた。
夜の交流パーティにはマンリー市長や姉妹都市委員会の人も含め約100名が参加。マンリー市長夫妻に浴衣とゲタをプレゼントしたところ、お二人はさっそくこれらを身につけ、会場を一回りし、パーティは拍手と喝采の渦となった。
マンリー市立図書館では、訪問に合わせて台東区の特別展が開催された。台東区との交流経過を記載したパネルや台東区の高齢者や中学生が寄贈した絵や写真、書道作品等が展示され、両都市間で幅広く交流が行われてきたことを実感させるものだった。
相互にホームステイを受け入れた人々が集い、旧交を温める姿に改めて20年の交流の重みが肌で感じられる。また、手づくりの折り鶴を話題に台東区民とマンリー市民が身振り手振りも交えながらそれぞれの「思い」を伝えようとしていた。また、台東区の訪問団による「江戸芸かっぽれ」や新舞踊をマンリー市の市民の方々は目を輝かせて見入っていた。
今回の訪問と記念式典は、これまでの20年の歴史を振り返るとともに更なる交流の展開を図るための重要な契機となった。
そもそも、姉妹提携は1982年4月の日豪民際シンポジウムに当時の台東区長とマンリー市長が同席し、その後台東区長がマンリー市長らを東京に招いたことがきっかけ。姉妹都市締結以来、未来を担う小学生たちの交換絵画展が両都市で開催されている。今年の絵を見ると、マンリーの子供たちは、オーストラリアの豊かな自然を質感溢れる油絵で表現し、台東区の子供たちは、タンチョウ鶴や五重塔など、日本固有の風物を瑞々しい水彩画で鮮やかに描いている。絵の個性こそ違うが、子供たちの素直な感性は共通だ。そんな彼らが互いの街を訪れた時、どんな感動を得て、どんな絵を描くのだろうか。両都市のますますの交流が楽しみである。
|