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姉妹都市ものがたり

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デボンポート(TAS)
水俣市(熊本)

タスマニアから来たJET青年
ふるさとの姉妹都市で大活躍

《InfoM 2000年9月15日号掲載》

日本の地域国際化の
推進に非常に重要な
役割を果たしている
JET(ジェット)
という事業がある。

正式には「The Japan
Exchange and Teaching Programme」と言い、
海外の青年(大卒以上)
を一〜三年日本に招き、
語学指導助手や国際
交流員として全国各地の
学校や自治体に派遣する
もので、外務省、文部省、
自治省、自治体国際化
協会、各地方公共団体が
協力して実施している。
山形弁を話すタレント
のダニエル・カールは、
このJETのOBの
一人だ。

今回は、自分の故郷の
姉妹都市に派遣された
JET青年の奮闘ぶり
を紹介しよう。


総勢62人の少年少女合唱団
デボンポートから水俣を訪問した総勢62人の少年少女合唱団

その後の20年に及ぶ交流の中での最大のハイライトと言えば、87年に英国・米国・豪州・NZの4か国850人の参加を得てスタートしたこの事業、年々需要と評価が高まり、今年の参加者は42か国6千人以上に及ぶ。うち豪州からは417人、その中には出身地の姉妹都市に派遣され、両都市間の友好親善に一役も二役も買っているJET青年もいる。

97年から今年七月まで三年間、熊本県水俣市の国際交流員として勤務したジェイソン・グレーブさんも、そんなJET青年の一人。タスマニア州北部の美しい港町デボンポートの出身で、地元のハイスクール在学中に同県本渡市への2週間のスクール・トリップに参加したのが日本に関心を抱くきっかけだったグレーブさん、その十年後に郷里の姉妹都市への派遣が決まった時は、運命的なものを感じたと言う。

もちろん受入れる水俣市側も、頼もしい助っ人として大歓迎。両市の交流は、92年、水俣市の市議5人が研修視察でデボンポートを訪問したことから始まる。気候風土が水俣に酷似している上、環境優先のまちづくりを実践するデボンポートは、深刻な公害の経験を活かした環境モデル都市をめざす水俣の交流パートナーの条件にぴったりだった。96年に正式な姉妹提携を締結してからは、各種の文化・スポーツ使節が相互に訪問し、毎年、水俣市の中高生15人が デボンポートに派遣されている。

こうした活発な交流事業の裏方として、グレーブさんは大活躍。昨年、 デボンポートから総勢62人の少年少女合唱団が一週間水俣を訪問した 時は、ホームステイ先のアレンジからコンサートのポスターづくり、滞在中の通訳や案内まで一手に引き受けた。その甲斐あって、水俣市文化会館でのジョイント・コンサートは八〇〇人以上の市民が詰め掛ける大盛況、グレーブさんも感慨無量だった国際交流員としての仕事は、両市間の交流事業だけにとどまらず、水俣病についての市長のスピーチを翻訳したり、小学校を訪問してオーストラリアの話をしたり、市の広報紙にコラムを連載したりと、多彩な分野にわたった。99年の熊本国体の聖火リレーに参加したこと、カンガ・クリケット(子供向けにルールを簡略化したもの)大会やオージーボール・サンデーを企画運営したことも、印象深い思い出と話すグレーブさん、すっかり水俣市民に親しまれ、街を歩けばあちこちから「グッダイ」と声が 掛かるほどになった。

そんな多忙で充実した日々を送った彼も、今年七月いっぱいで任期が 満了し、市職員や市民に惜しまれながら帰国した。水俣での3年間を通じて学んだ日本の言語、習慣、文化、伝統に関する生きた知識を豪州の人々と分かち合いたいと語るグレーブさん、今後もデボンポートと水俣、そして豪州と日本の架け橋として大いに力を貸してくれることだろう。

memo>>
 デボンポートはタスマニア島北岸のほぼ中央部に位置する人口2万5千人の市。空港もありメルボルンから空路で1時間程度だが、メルボルンとの間を就航する豪 華フェリー『スピリット・オブ・タスマニア号』の発着地として有名。主な産業は繊維、食品加工、木材、海運、果樹・野菜など。海沿いのティアガラ公園には 「タスマニア・アボリジニ文化センター」があり、岩に刻まれた先住民遺跡も見ることができる。

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